3-3 選ばれた国民

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第3課/チャート3

Ⅱ.ヤコブエサウ
 神がアブラハムに子孫を増やすと約束されたのは、イサクを通してでした。イサクの妻リベカは二人の息子エサウヤコブを生みました。カインとアベルがそうであったように、この二人の息子も全く違っていました。

 神はリベカに言いました。「二つの国民があなたの胎内にあり、二つの民があなたの腹から別れて出る。一つの民は他の民よりも強く、兄は弟に仕えるであろう」(創世記25:23) 長男エサウは巧みな狩猟者となり、野の人となりました。またヤコブはおだやかな人で天幕に住んでいました。

1.エサウ、長子の特権を売る
 弟のヤコブはあつものを煮ていました。ある日、エサウは野から帰って来て、飢え疲れて言いました。「わたしは飢え疲れた。お願いだ、赤いもの、その赤いものをわたしに食べさせてくれ」(創世記25:30) 

 エサウは肉の思い、肉のことに関心を向けている人のようでした。彼は自分の感覚に従って歩んでいました。空腹になれば、自分の食欲を満たすことが、エサウには世の中で最も重要なことでした。

 一方、ヤコブは、もちろん完璧な人ではありませんでしたが、霊的なことに関心を持っていました。エサウの要求にヤコブは答えました。「まずあなたの長子の特権をわたしに売りなさい」(創世記25:31)

 長子の特権は、長男に与えられる特権でした。それは家族の中で優遇を与えられ、相続における最初の請求権も含んでいるものでした。エサウは将来の備えよりも、今のことに目が向いていたので答えました。「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」(創世記25:32)

 「まずわたしに誓いなさい」とヤコブは主張しました。エサウはパンとレンズ豆のあつもののために、ヤコブに長子の特権を売りました。しばらくしてエサウは立ち上がって去って行きました。彼は一時的な肉の満足の為に最も大切な祝福を売ってしまいました。

 永遠の未来の為に備えるか、今少しの満足を得ることかの選択に直面したとき、多くの人が今この時を選ぶということは何と悲しいことでしょうか。そのような人々は見えるものに目を注き、水遠のものに目を向けていないのです。(2コリント4:18)

2.ヤコブ、祝福を奪う
 ヤコブエサウの長子の特権を得た場面だけが、家族の祝福を得る最後の機会ではありませんでした。イサクが年老いて目が霞んで見えなくなったとき、(二人の息子のうち特に愛していた)エサウを呼んで弓矢を持って野に出かけ、鹿を取って来るように言いました。イサクは鹿の肉が好きでした。そしてエサウを祝福する前に少し食べたかったのです。

 リベカはエサウへのイサクの命令を聞き、自分の愛息であるヤコブに山羊の子を二頭連れて来るように指示しました。リベカはイサクの好きな食べ物を作り、ヤコブの手と首に山羊の皮をつけ、エサウの服を着せて変装させました。エサウのふりをして、ヤコブは目の不自由な父のもとへ行きました。そしてイサクに肉を差し出しました。

 イサクはエサウがあまりにも早く持って帰って来たのに驚き、少々疑いました。そしてヤコブに触るために近くに来るように呼んで、言いました。「声はヤコブの声だが手はエサウの手だ」(創世記27:22) しかしイサクはそれがヤコブであることに気づきませんでした。そしてヤコブエサウの祝福を与えました。

 しばらくしてヤコブが父のもとから出て行った丁度その時、エサウが入って来ました。イサクは騒されたことでとても悩みました。エサウは苦々しい思いで泣きました。しかし祝福をヤコブから取り去ることはできませんでした。エサウヤコブを憎み、報復として彼を殺そうと考えました。リベカはこの計画を聞き、すぐにリベカの兄の住む地ハランへ逃げるようにヤコブに命じました。

3.神とのヤコブの遭遇(創世記28:10-22)
 ヤコブは旅の途中で一夜を過ごすためにルズという所に来ました。寝ている時に、その頂きが天に達していて地の上に立っている一つの梯子の夢を見ました。神の御使いたちが梯子を上り下りしていました。主はヤコブのそばに立って言いました。「わたしはあなたの父アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが伏している地を、あなたと子孫とに与えよう。あなたの子孫はちりのように多くなって、西、束、北、爾にひろがり、地の諸族はあなたと子孫とによって祝福をうけるであろう」(創世記28:13、14) これは神の約束でした。

 ヤコブは目を覚まして言いました。「まことに主がこのところにおられるのに、わたしは知らなかった」そして恐れながら言いました。「これはなんという恐るべき所だろう。これは神の家である。これは天の門だ」(創世記28:16、17)

4.ヤコブ、主の家を覚えた
 朝早くヤコブは起きて、枕としていた石を立てて柱としました。それに油を注いでその所をベテルと名付けました。それは「神の家」という意味です。ヤコブは誓いを立てました。「神がわたしと共にいまし、わたしの行くこの道でわたしを守り、食べるバンと着る着物を賜い、安らかに父の家に婦らせてくださるなら、主をわたしの神といたしましょう。
またわたしが柱に立てたこの石を神の家といたしましょう。そしてあなたがくださるすべての物の十分の一を、わたしは必ずあなたにささげます」(創世記28:20-22)
このようにして神は祖父アブラハムと、父イサクと結ばれた契約を更にヤコブとも結ひました。

5.ヤコブ、主の使いと争った
 ヤコブは叔父ラバンの地におり家庭を築き20年後、年老いた父に会いに戻る途中でした。ヤコブエサウが白分に会いに向かって来ていることを聞き、心に恐れを抱きました。兄の自分を殺すという誓いを覚えていたからです。家族を先に行かせて、ヤコブは後ろに留まりました。

 主の使いが夜明けまでヤコブと組打ちをしました。主の使いはヤコブが離そうとしないのを見て、ヤコブのもものつがいに触りました。筋肉が永久に縮まりびっこになりました。御使いは言いました。「夜が明けるからわたしを去らせてください」ヤコブは答えました。「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」御使いは言いました。「あなたの名はなんと言いまずか」「ヤコブです」御使いは言いました。「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、カを争って勝ったからです」(創世記32:24-28)

 強い意志によりヤコブは望んだ祝福を受け、別人となってその場所を去りました。彼の以前の名ヤコブは「奪う者」という意味で、騙し、偽りを示唆するものでした。新しい名イスラエルは「神と争って勝った」という意味です。また肉体的な違いもありました。一歩踏み出す度にびっこの足は神の御使いと出会ったことを思い起こさせました。人が神の臨在にあって神の最高のものを受け取ると本当に決心した時には、奇跡的な変化が起こります。決して同じ人のままではあり得ません!

By カレブ