クリントン元アメリカ大統領(その4)

 クリントンアメリカ大統領の自叙伝「マイライフ」より、私たちのペンテコステ教会について記述されている部分をご紹介します。クリントンアメリカ大統領(その3)からの続きです。

 “ミッキー・マンガンと、やはりペンテコステ派の友人ジャニス・ショーストランドのふたりがわたしの大統領一期目の就任式で行なわれた奉納の礼拝で歌い、満場の喝采を浴びた。教会を出るとき、統合参謀本部議長コリン・パウエルがわたしのほうに体を近づけてきて尋ねた。「あんなふうに歌える白人女性をどこで見つけたんです? いるとは思わなかったな」。わたしはにやりと笑って、そういう人たちを知っているのが大統領に選ばれた理由のひとつなのだと答えた。

 大統領の二期目で、わたしが共和党員たちの追い討ちにあい、学識者たちが寄ってたかってわたしはもうおしまいだと評していたとき、マンガン師が電話をかけてきて、ミッキーとふたりで会いに行くから二十分だけ時間を割いてくれないかときいた。わたしが「二十分? 二十分のためにわざわざ飛行機でいら
っしゃるんですか?」と問い返すと、「あなたはお忙しいし、それだけあればじゅうぶんです」と言う。おいでください、とわたしは答えた。数日後、マンガン師夫妻とわたしは大統領執務室で三人だけで会った。師はこう言った。「あなたは悪いことをなさったが、悪いかたではない。わたしたちはこの国の子
どもたちをいっしょに育てました。わたしにはあなたの心根がわかります。自分から見切りをつけてはいけませんよ。もし事態が悪いほうに傾いて、船を見捨てて鼠が逃げ出すようなことになったら、わたしに電話をかけてください。わたしはあなたとともに、のほってきました。沈むときもあなたとともにいたいのです」。そして、わたしたちはいっしょに祈り、ミッキーが、わたしを励ますために自分で作曲したという美しい曲のテープをくれた。『罪は贖われたり』という題名だった。二十分後、ふたりは立ち上がり、ルイジアナへと帰っていった。

 ペンテコステ派の教徒たちと知り合ったことは、わたしの人生に豊かさと変化をもたらした。どういう宗教観を持っていようが、あるいは宗教観がなかろうが、白分の宗派だけでなく、すべての人を愛するという精神を貫き通している人々を目にするのは、ただそれだけで心の洗われるような体験だ。ペンテコ
ステ派の礼拝に出るチャンスがあったら、ぜひ行ってごらんになるといい。“

【マイライフ 上巻 ビル・クリントン(著)、楡井浩一(翻訳) 朝日出版社 P419~P420より抜粋】 
By カレブ